暮らしを飾る
藁と生きてゆく。
甲斐陽一郎さん年齢41歳
藁細工職人 わら細工たくぼ

藁細工づくりを志す
稀有な存在のひと

日之影の多くの家では、玄関に一年中、しめ縄を飾る。そんなふうに藁細工は、日之影の暮らしのなかにあたりまえのように在り、あたりまえのように必要とされている。

藁細工づくりを生業として生きる若者が、日之影に暮らしている。「わら細工たくぼ」の藁細工職人、甲斐陽一郎さん。かつて祖父がしていたという藁細工づくりを受け継ぎ、田んぼで稲を育てつつ、農家としてではなく、藁細工職人として歩むことを志した、とても珍しい存在である。

「たくぼ」には、全国から多くの注文が寄せられる。様々ある藁細工はどれも美しく、内に静かな生命力を湛えたものばかり。日之影の棚田に育ち、眩しい陽の光を浴びた稲の、それは副産物ではなく、たくぼにとっては主産物なのだ。

農業を受け継ぐ人もなく
田んぼが減っていく状況の中で

藁は昔から、その丈夫で柔軟な性質からものづくりの材料として利用され、閑散期の農家の手仕事となって、草履やほうきやしめ縄やいろいろなものにされてきた。暮らしの道具や飾りとなって、日常を豊かにしてきた。

藁は、かつては、田んぼの稲の副産物として、どこにでもある珍しくもないものだったが、現代では、稲穂の収穫では当然のようにコンバインが使われるため、稲の茎である藁は粉々に粉砕され、綺麗なかたちの藁を手に入れる機会はほとんどない。ふつうのひとが完全なる藁の姿を目にすることもないだろう。

種もみからはじまる
藁細工づくり

だから、陽一郎さんの藁細工づくりは、種もみからはじまる。農業は藁細工づくりのためのプロセスである。田植え、田んぼの管理、刈り取り、収穫、藁干し…。農の営みとは、それ自体十分大変なのに、藁細工づくりからすればそれはまだ準備段階にすぎない。

そこからさらに藁を選別し、乾燥させ、保存する。そんな手順を経てやっと準備が整う。仕事場に腰をおろし、「藁で縄を綯(な)う」という藁細工づくりの最初の手仕事がはじまる。緻密な藁細工がかたちづくられていくには、さらに膨大な手間と時間が費やされてゆく。

工房立ち上げから7年経つ。陽一郎さんとその仲間たちが集う「わら細工たくぼ」の作業現場は、唯一無二の価値を創造しつづけている。藁細工をつくるだけでではない。日之影の棚田の風景を守ること。世界農業遺産にも登録された山間地の独特な農業文化を継承すること。神話が息づく日之影のまちの暮らしに結びつくこと。この土地に生きた陽一郎さんの祖父の手仕事の技を次代に繋ぐこと。そしてここに生きていく自分と仲間たちの道を創造すること。そのすべてが、この手仕事に込められ、表現されているのである。

わら細工たくぼ

住所 宮崎県西臼杵郡日之影町大字七折13782-2
Web https://753works.jp/

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