日之影の土地だからこそ作れる味に誇りをもって。
甲斐幹男さん
年齢66歳
深角営農組合

日之影町は、農村です。農地の面積の広さや、厳しい傾斜でも立派に育つ果樹、深い山奥で育つ原木椎茸、美しい棚田、健やかな魚が泳ぎつく清らかな川…この町で農を育む環境の素晴らしさは挙げればきりがないし、このウェブマガジンでも常に登場してくる光景。専業であれ兼業であれ、この町では多くの人が農に携わっています。携わる、というより自分たちが食べるものは、自分たちで作る。そして分け合う。生きていく原点にあることが、当たり前に、自然に、生活に根ざしているというほうが近いかもしれません。そんな町の人に出会うたびに、輝いて見えて頼もしく思い、手放してはいけない大切なことを教わるような気持ちになります。そして、この雄大な自然とともに生きていくことは、農と密接につながることなのだよ、と教わるのです。
今回お話を伺った甲斐幹男さんもまた、深角集落で農家を続けて20年。お米、ラナンキュラス、ほおずき、トマトを作っている農家さんです。農村であるこの町を大切に思うからこそ、加速していく不耕作地の広がりに危機感をもち、2019年からあるプロジェクトを育んでいます。農地をよみがえらせて、町の名産をつくる。その背景にある思いを伺いに畑へ、幹男さんの軽トラを追いかけていきました。

町・農家・酒造が手をとりあって
農地を守り、名産を作る

「田んぼだった土地を耕して、芋作りを始めたのが2019年です。いやぁ〜これがなかなか難しい。このあたりは、芋作りに合う土壌ではないので時間がかかりますね。自分はこの深角集落で長く農業を営んでいますが、ここ数年は高齢化や人手不足によって、すごい勢いで耕作放棄地が増えていることに危機を感じていました。この農地を使って何か作物を作れないだろうか、そう思って町役場に相談したんです。ちょうど町役場としても、日之影町の特産品を作れないかと考えていた時期だったのと、町で唯一の酒造、姫野酒造さんも日之影町で焼酎用の芋の生産ができないか?と役場に希望を出していたそうで。三者三様、偶然にも同じことを考えていたんですよね。それをきっかけに、〈日之影焼酎プロジェクト〉を立ち上げました。農業の役割に関しては、自分の集落の米農家の仲間たち7名で一緒にやってみようと」

どこにもない焼酎作りは
純日之影産の原料から始める

「焼酎の製造は姫野酒造さんがやってくれるので、専門的なことは任せつつ、自分たちなりに“どこにもない焼酎を作ろう”と思って始めました。姫野酒造さんの焼酎は銘柄がたくさんあります。麹菌は同じだとしても独自の味にするためには、芋の種類を変えることにしました。南九州で製造している多くの焼酎の原料になっている黄金千貫と、宮崎県のブランドでもある宮崎紅の作付けして、原料にすることに。米にもこだわって、深角の棚田米ヒノヒカリを使うことに。もちろん食用米です。そしてできたのが、100%日之影町深角産の原料で作る、本格芋焼酎〈渓谷の光〉です。自分たちは農家なので当たり前に感じますが、こうして話していると、贅沢な原材料ではありますよね(笑)。
2022年に県南のほうで、〈サツマイモ基腐病〉というひどい伝染病が流行ってしまって、黄金千貫を中心に生産量がぐっと落ちて宮崎県全体の問題になりました。宮崎は焼酎出荷量日本一を誇るので、その原料が生産できないとなると深刻ですよね。対策をいろいろ考える中で、これまであまり生産していなかった県北でも農地が空いているなら作付け試してみたり、根本的に芋自体の品種を変える可能性もあるという話まで出てきて。焼酎作りを次の世代につなげていくために、必死に動いています」

「もともと焼酎が好きでいつも飲んでいるので、1年目に出来上がった新酒を飲む時はどんな味になるか心配でした。食べる米や芋が美味しくできても、焼酎になるとまた違うので。〈渓谷の光〉は、芋の種類を黄金千貫だけで作る焼酎と、宮崎紅だけで作る焼酎をそれぞれ仕込んで、その2種をブレンドして仕上げます。その割合をどうするか、みんなで試飲会もして。宮崎紅だけで作った焼酎は、さらりとあっさりしすぎて物足りないし、黄金千貫だけだと、飲んだことのある味になってしまう。どうすれば美味しく、オリジナルの味になるか……みんなで飲みながら試しているうちに、結局1年目は半々の割合にすることに(笑)。2年目以降は、姫泉酒造さんにブレンドもお任せしているのですが、明らかに2年目のほうが美味しくて。なんともいえないまろやかさが味に出てきたんです。帰省してきた息子にも試しに飲ませたら、一口目で『えっ、去年の味と全然違う』って言いましたからね(笑)」

小さな町だからこそできる
ものづくりを育んでいく

「2023年3月に販売する新酒で3本目ですね。去年の出来がすごく良かったので、今年はどうだろうなあ(笑)。楽しみですね。今、プロジェクトは自分たちの集落のチームが中心になっていますが、日之影町全体のことを考えて立ち上げたことなので、もっと町内全体に広げていきたいと思っています。去年から、別な集落のチームもさつま芋の生産を始めたんです。焼酎用ではなく、お菓子の原料になるものを生産しているようなのですが、規格が厳しいと聞いているので、規格外のものは焼酎の原料に回すことができれば、無駄にすることもないし、町全体で生産することができる。小さな町なので、みんなでひとつになって作っていきたいなと思っているんです」

「なかなか地元の人間には、地元の良さが分からなくて(笑)。訪れた人には、よく山や渓谷などの自然が素晴らしい!と言ってもらうし、自分たちの棚田も〈日本の棚田百選〉に選ばれたけど…当たり前にあるものだから分からなくて(笑)。でも、この〈渓谷の光〉は純日之影の原料でおいしく作れて、宮崎限定で販売していることもあって、親戚や家族が帰ってきた時に、手土産に持たせることができるので、うれしいです。日之影の魅力を伝えるものになっているといいですね。
この前、仲間たちと、なんで農業をやっているのかという話になって。農業をやってたくさん作物を作って収益を上げたい人もいるし、自分が育てて作ったものに対して美味しいとか、綺麗だと言ってもらえる喜びがある。それぞれの意見があるけれど、今の自分は作ったものを通じて良い反応をもらうと『あぁ、作ってよかったなあ』と思うし、やりがいになります。自分には特別な技術があるわけではないので(笑)、何でそういうものが作れるかというと、やっぱり日之影の、深角の土地が美味しいものを作らせてくれているんだと思います。若い頃はこんな気持ちにはならんかったじゃろうけど(笑)。年取ったからかな、そんな風に思うんです」

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