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山の懐で営む農業の日々、いのちの煌めきに向き合う。佐藤宇一郎さん年齢37歳農家(きんかん、畜産)
農家・佐藤宇一郎さんの仕事場を訪ねた11月半ば。ハウス内はきんかんの木々の葉の深い緑に埋め尽くされている。小さくかわいらしい実がたくさん成っているものの、まだほとんど色づいていない。いや、よく見ればわずかにほんのりと黄色味がかってきているようだ。あともうちょっと、数十日ほどの時間が経って、新しい年が明ければ、くっきりとしたオレンジ色に染まりきって、出荷の季節を迎える。そうなればハウスのなかは彩り賑やかな景色へと変貌することだろう。
きんかんの名産地宮崎でも特に
甘さと美味しさが育まれる場所
きんかんは宮崎県の名物。なかでも「完熟きんかん たまたま」はスペシャルなきんかんブランドとして全国でも有名だ。さらにその最上位ランクに選ばれしものは「たまたまエクセレント」と呼ばれ、大人気プレミアム商品となっている。さて、じつは日之影は、そんな美味なる宮崎産きんかんの主要産地のひとつだ。その地理的な特徴である標高の高さとそれによる温度差の大きな環境のなかで育つことで、より甘くよりおいしく完熟していくというわけ。
「きんかん栽培は、1年中、すごく手がかかります」と佐藤さんは言う。「枝の剪定、害虫などが付くのを防ぐ防除作業、ハウスの温度管理、草刈り、摘果、そして収穫…。どんな季節にもひっきりなしに仕事があるんです」、と。おそらく、佐藤さんのお父さんとお母さんが栽培をスタートさせた20年前から、ここにある200本ほどのきんかんの木々たちは毎日まいにち、それはそれは丁寧にていねいに手をかけられ大切に育てられてきたに違いない。日之影特有の環境に加えて、コツコツと日々施されるこの手間の積み重ねこそが、美味な果実となる秘密なのだろう。
北九州から日之影に戻り
自然ゆたかな環境で農業を営む
佐藤さんが、家業である農業を継ぐことになったのは4年前のこと。中学卒業以来ずっと離れていたふるさとのまちに、小さなこどもふたりと奥さんを連れて帰ってきた。「高校時代は延岡で過ごし、その後、都城、そしてさらには北九州で過ごしてきました。離れた場所や、人の多いまちで暮らしてみたことで、逆に、日之影っていいところだな、日之影の自然っていいよなって改めて感じることができました」と言う。
きんかん栽培のメインを担っているのは佐藤さんのお父さんお母さんだ。その一方で、日之影の家に戻り家業に合流した佐藤さんがメインとするのは牛の繁殖農家としての仕事。「うちでは以前から牛もやっていましたが細々としたもので、規模的にはとても小さいものでした。けれど、じぶんとしては、生きものと向き合う繁殖農家に興味があったので、もっと積極的にやってみたい、と牛の数を増やしたんです」とのこと。宮崎県には宮崎牛というブランド黒毛和種があるが、そのなかでも日之影を含む西臼杵郡内において生産され厳しい条件を満たしたものは高千穂牛と呼ばれ、高い価格がつく。佐藤さんは、そうした仔牛の繁殖を担っているのだ。
とはいえ、母牛に仔牛を産んでもらい、小さいその命を育てていく仕事というのも、やはり大変なもの。「当然ながら牛には健康でいてもらわないといけないですし、日々の世話や排泄物の処理もありますから、これもやっぱり毎日まいにち手のかかる仕事なんです。牛舎だけではありません。牧草を田畑に植えて育てたり、山の斜面に自然に生えている野草を刈ってきたり、田んぼを借りて稲を育て藁を集めたりと、山で餌を確保してくるのも大事な仕事です。生きものを相手にするというのは簡単なことじゃないですね」
どこにもなくここにだけある
日之影らしい農業のあり方
きんかん&牛。ふつうの人にはちょっと珍しく感じられるようなその農業の組み合わせも、日之影のことをよく知る人からすれば、土地に見合った合理的な選択なのかもしれない。
実際、佐藤さんは「牛だけをやっている、というひとのほうが珍しいかも」と言う。日之影にはひらけた土地は少なく、急峻な山の斜面に農地を展開するしかないが、そこでは単一作物の生産を効率的に行う農業はなかなかにむずかしい。山の斜面ゆえに、また田畑が小さいがゆえに、機械や設備を入れることだって決して楽なことではないのだ。そんななかで、なんとか価値ある農業のあり方を見出そうと、この土地の先人たちは様々な試みを繰り返してきたに違いない。きんかんと牛というペアリングは、そうした試行錯誤の果てにたどり着いたものなのかもしれない。
さて、標高の高い場所だからこそ美味しく育つきんかん。自然な恵みそのままともいうべき山の野草や牧草を餌として与えられて生き、また新しい命を宿す牛たち。そうした煌めく生命と向き合いながら、きのうも今日もたぶん明日も、佐藤さんは忙しく働いている。もし、今後あなたが、どこかでおいしいきんかんや見事な高千穂牛に出会ったならば、もしかするとその出会いはどこかで、日之影の佐藤宇一郎さんの日々の仕事と繋がっているのかもしれない。
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