ひのかげの、
眩しいほどにいい話④
「いっぺん食べたら
病みつきになりますね」
田中省二さん(居酒屋「左近」店主)

げげっ!なんだこれは?! という驚きに出会えるのがローカルの食卓の素晴らしさ。旅人やゲストにとっては、せっかくその土地に来たのならその土地にしかないようなものを食べてみたい。高級かどうかなんてことは全然関係がない。ふだんは見ることすらない地域食材とか、地元のおばあちゃんの手づくりの郷土料理とか、その季節のその土地なら地元の人には当たり前すぎて何でもないようなモノでも、よそでは決して食べられないようなローカル感とスペシャル感に溢れた食事こそ、まさに僕らが旅先のテーブルに待ち望むものだ。

写真:小板橋基希 文:空豆みきお

さて、日之影を旅した僕らは「左近」さんで、そんなスペシャル飯に出会った。

「太陽と橋と渓谷の町」である日之影の切立つ山々の間を抜ける主要道路沿いにある居酒屋の左近さんは、いつも多くの人で賑わっていた。隣町の延岡市からも高千穂町からもお客さんがわいのわいのと集まってきている。団体客にはバスの送迎サービスもあるのだ。よそからお客さんが日之影に訪れたなら町の人が必ず連れてきてしまうお店でもある。常連さんのことなら、お店の人たちはもうその人の好みを覚えてしまっているので、その人がなにも頼んでいないのに好みのメニューが勝手にどんどん出てきていた。居心地のよさと溢れんばかりのホスピタリティがさりげなく提供されているのが素敵だった。

初夏に日之影の「左近」さんを訪ねた僕らの前に並んだのは、お皿いっぱいの天然のヤマメの天ぷら。カリッと香ばしく、身はホロホロとして実に美味。いま思い出してみてもヨダレが出て来てしまうほどだ。
ゴーヤとワタと種の天ぷら盛り合わせ。旬の味わいを閉じ込めて揚げた揚げ物たちは、とにかくジューシーで旨いのだ!

しかし何と言ってもスペシャルなのはその素材と料理だった。壮大な山々の間を流れだす清流・五ヶ瀬川で獲れたピッチピチの川魚たち。僕らは幸運にもこの店で、初夏の鮎やヤマメの塩焼き、天ぷらに出会うことができた。天然の鰻なんか、身だけでなく、頭もベロンベロンに舐めながら食べるという経験をさせてもらった。

それらは前もって約束された食事ではなかった。天候次第のものだったり、漁の具合だったり、収穫や保存の量次第だったり、いろんな偶然によって出会うことができた一期一会のものたちだった。店主の田中さんは、時期がよければヤマタロウガニにも出会えるとか、ラクマエビに会えるとか、いろいろな食材のことを教えてくれた。田中さんは、子どもの頃から川に遊び、川と魚の生態を知り尽くしているベテランの漁師であり、川の美味しさを知り尽くした料理人であり、美しい川魚をモチーフに絵を描くアーティストでもある。そして、川の美味についていくらでも語ることのできる素晴らしい語り手であるのだった。

ということで、以下、つれづれなるままに田中さんが日之影弁(?)で熱く語ってくださった、この町の自然の美味・珍味の物語の一部を、口語文でお伝えしたいと思います。どうぞお楽しみください。

〈左近という店名の由来の話〉

うちの店のすぐそばに橋がありますね。あそこのずっと上にお稲荷さんがおられるとですよ、商売人が一番崇拝しとるお稲荷さんが。うちの玄関の左上の谷にお稲荷さんがいる、「左にきつねのコンコンさんがいる」っちゅうことにあやかって「さこん」て名づけたんです。そしたらおれの友だち、宮崎の友だちっちゃけど、いちばん最後に「ん」がつく店は必ず繁盛するっちゅうんですよ、どこにいっても繁盛しちょるって。それはいいネーミングつけたねえって。じゃけど、まあ、うちの息子なんかも店のお客さん大事にしますわ。もうどげんなお客さんでもものすごぅく大事にしますわ。おれ? おれは足引っ張るだけで。酔っぱろうて。

〈ラクマエビ(手長エビ)の話〉

川の状態が良かったらね、おれがもう最高に面白いところ連れて行けるのに、残念。夜のラクマエビ突きがおんもしろいですわ。おんなんこはもうものすごぅく喜びますね。水の深さがね、膝よりちょっと低いぐらいの流れのないところで、懐中電灯で探していったら目が「キラーッ」て光りますわ、エビの目が。だからすぅぐどこにおるかはわかりますわね。それをカナ突きで上からコツコツって突いていくとですよ。こう一匹ずつカナ突きで突いていって、漁が終わる頃にはカゴが重くなるくらいになりますよやっぱり、150匹も突いたらね。ラクマエビは市場では高値がつく高級食材です。もし水の状態が良ければ今夜にでも行きますけど、もう今日は川の水が多いからムリなんですね、残念。

〈ヤマタロウガニ(モクズガニ)の話〉

ヤマタロウガニは塩茹でです。まっかかになりますわ、カニが。味も見た目も、上海ガニ、あれといっしょです。カニのなかでは一番おいしいですね。ズワイとかタラバとか毛ガニとかいろいろあるけど、味は川のカニには勝ちきらんです。ただ、小さいからめんどくさいんですよね、味噌から、足の爪の先まで、ほじくるのに。で、まあ、それこそ絶品ちゅうのは、そのカニをですね、甲羅を剥いで、小さく半分くらいに切って臼で突くんですよ。ぐっちゃぐちゃになるほど突くんですよ。潰すだけ潰したらそこに味噌を入れて一緒に混ぜてまた突くんですよ、なじむように。そしてそれを大鍋で煮るんですよね。煮えたらそれを大きなザルに空けて、また別の鍋に移してそれを漉すんです。カニの殻やらは全部そのザルに残るんですよね。あと食べるところだけが下の鍋に移って、そこに白菜とか野菜を入れてそして炊き直してそしてそのままおつゆで食べるんですね。これまたな~ん杯でも食べたくなるほどの絶品です。ちょうどヤマタロウガ二が採れる時期じゃったら、みんな喜んじゃったろうにね、残念。

〈天然の鰻の話〉

鰻を獲るためには、まずアブラメっちゅうのを釣りに行かなきゃならんですよ。鰻のエサになるのを。それを2、30匹釣ってくるんですよ。だいたいそれだけで1時間とか1時間半かかりますわ。そのアブラメを生かしちょってそして夕方それを包丁で切ってから針に繋いで「はえ縄」をつけに行くんですね、新鮮なエサで。じゃから、なかなかヒマがないとできんですわね、そういうことは。今日はもうムリです、残念。

田中さんの生け簀には天然鰻やすっぽんがいた。見せてもらった鰻は太く、ものすごい勢いで動き回った。その強烈な生命力は、都会者(?)の僕らを大いに驚かせたのだった。さすがの「左近」であろうとも、天然鰻のメニューには滅多なことでは出会うことはできない。僕らはその幸運に感謝しつつ、天然鰻の身の弾力の強さに驚きながら、肝そして頭までしゃぶり尽くした。

〈クマバチの話〉

クマバチは目をつぶって口に入れたら、いっぺん食べた人はもう病みつきになりますね。ただ、見た目はちょっとね、ああいう虫を口のなかに入れるちゅうのは抵抗がある人はなかなかムリかもしれんけど。成虫は唐揚げです。高温の油でばーっと揚げてそしてシオを振って食べるんです。これはもうエビセン感覚です。カリカリになるから。針も刺さっても気にならんです。

だんご状のクワガタの幼虫みたいなあれが幼虫です。あれがもうちょっと大きくなってさなぎの格好になったのが真っ白の乳白色になったのがおります、これが一番おいしいですね。それはボイルしてザルに上げて、シオ振って食べるんです。食感は「ぐちゃーっ」ちゅう感じです。その味がもうたまらんです。これはもう最高においしい。

幼虫もやっぱしおんなじようにボイルします。ただ、そういう食べ方はちょっと贅沢なんですよね。じゃから、もやしとかネギとか大根葉とかいろんな野菜を入れて伸ばすんですよ。ちょっとしかない蜂を、野菜をもっと入れて和えて伸ばすんですよね。食べるときに野菜とハチノコ1匹みたいな感じで食べます。ハチノコだけならもうすぐ食べてしまうので。それか、そうめんに入れて食べるんです。そうめんを湯がいて、そのハチノコと一緒にそうめんに入れて絡めて食べるんですよ。ハチノコのそうめんもやっぱりこれはもう絶品です。今日のお店にはないけど。残念。

お店の方は息子さんに任せて、お客さんの輪に溶け込む田中さん。このお店は、日之影の人たちのコミュニケーションの場であり、憩いの場であり、そしてまた笑いの場であった。イベントの打上げも、成人式も、お祝いも、スペシャルな出来事のときにも、日之影の人たちはここに集い、酒を交わし、語りあい、一夜の記憶と思い出を重ねていくのだった。

〈くさ(な)ぎむしの話〉

くさ(な)ぎという木ともツルとも言えんような木があるんですよ。そのくさ(な)ぎの木の芯にその虫が入っているんですよ。虫が入っているところだけはそこがちょこっとプクっとふくれているんです。そこをポキっと折ってね、するとこんなんながぁい、ちょうど小指一本くらいの虫が出てきますから。それを串に刺して焼くわけですね。火であぶって。もう脂がジリジリ出ます、そのくさ(な)ぎ虫から。もう焼いたら真っ黄いろになります。それは最初は真っ白。焼いたら真っ黄いろになります。それは脂があるから黄色くなるんですよ。これにシオ振って食べたらもう最高! これ、ハチノコよりおいしいですね。こどもにいっぺん食べさせたらもう奪い合いになります。それくらいおいしいです。これはわざわざ採りに行かんと。いまくさ(な)ぎ虫をとって食べる人はほとんどおらんです。昔はやっぱり、農家の山の上の人たちが晩の酒の肴やらにしたものです。じゃからそれをいくつもとってきていろりで焼いてつまみにしてたんですね。

じゃ、今日はまた別においしい素材を仕入れたから、お店で待ってます。

居酒屋・左近

住所:宮崎県西臼杵郡日之影町七折3187-1
営業時間:17:00〜(不定休)
電話:0982-87-318

田中省二さん
たなか・しょうじ/太陽と橋と渓谷の町・宮崎県日之影町に店を構える居酒屋「左近」店主。日之影生まれ、日之影育ち。幼い頃から美しい川や大自然のなかで遊び回り、カニやエビ、鰻など川に棲む魚や生き物たちの生態を知り尽くしてしまった、川漁の名人。鮎やヤマメの釣りシーズンの始まりには、全国から弟子たちが集まってくるほどの腕前をもつ。「左近」では、そんな田中さんが獲ってきた天然の食材がしばしば料理として提供され、地元の人たちはもちろん、旅行者たちを喜ばせている。また、生き物を「描く」こともライフワークとしており、五ヶ瀬川に泳ぐ鮎の姿を石に描いた作品は、日之影の様々な場所(町の誰かの家とか)で見ることができる。なお、田中さんのお店「左近」は町でイベントがあれば打ち上げで貸し切り状態となり、また、しばしば隣町の延岡市や高千穂町からもお客さんが集まるほど人気のお店であるので、もしこのお店を訪れる場合には、あらかじめ予約をしておくのが望ましい。

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